< 休むということ②>「頑張ればできる」の罠—kosococo.妹

>>>< 休むということ① >の続き(続きなのに、だいぶ時が過ぎてしまった・・・)

前回の< 休むということ① >空いた時間は、無駄な時間?で、
帯状疱疹になったことをお話しました。
これが2017年の春。

今思えば、その前の2016年は、
息子が保育園に入園し、私自身、仕事の量を増やし、今までのクライアント様のお仕事にプラスして、
新しい環境でのお仕事にもチャレンジしていた年でした。

妊娠時や出産後も仕事をできる範囲でしていたので、
新しい制作環境に入っても普通に仕事していける自信があったのに、
思いのほかこれが難しく、
「育児家事と仕事の両立」という大きな壁にバッコンバッコン衝突しまくっていた年でした。

自分の目論見より事がうまく進まず、「あれ?あれ?」と嘆いていた年でした。
この年は夫との衝突も多かったように記憶しています。
彼には「妻はなぜこんなに無理するんだ?」と映っていたようです。
私は「今まで通りできる」と思っていたし、
このころの私は、
・仕事を増やしたとはいえ、家事育児がおろそかになってはいけない
・家事育児があるとはいえ、仕事もおろそかにしてはいけない
という思いでがんじがらめだったのかもしれません。
(「分かる~!」という女性たちの声が聞こえてくる)

私自身、無理している意識はなかったし、
よって夫に頼ることも下手くそで、
むしろ「なんでわかってくれないんだ?!」とよく生産性のない口論になっていたのを思い出します。

しかしこの衝突のおかげで、腹の中さらけ出したせいもあり、
思った以上に、夫に自分の考えが伝わっていないことが分かったのでした。
私も彼も「言わなくても分かってくれているだろう」とお互い思っていたことが
「思ったより…っていうか、全然!相手には伝わっていないんだな…」ということがはっきりし、
それから「察してくれ」はやめるようにしまして、
今では不満、やってほしいことも、自分の考えていることも、
できるだけ言葉で言うようになったので、
衝突はほとんどと言っていいくらい、なくなりました。
会話も増えたと思います。

それだけ、私に余裕がなかったんでしょうね。
そんな状況の中の帯状疱疹だったんだな、と今ならわかります。
常に寝不足だし、常にアドレナリンがバンバン出ていて、
育児にも奮闘してたし、夫とは衝突しまくっていましたから。

帯状疱疹として、私の賢い体は私の性格を考慮して身を挺して訴えかけたのに、
なかなか私の
「だって、どこの母親も皆大変そうだし。私だけが大変なわけじゃないし」
「頑張れば、きっとできるし」
「家庭と仕事に全力投球、自分の自由な時間は作れないのは仕方ないし」
などの「頑張れば、我慢すれば」の気持ちはなかなか修正できませんでした。

「もっと頑張れば、もっと努力すれば。」
確かにこれまでの人生、それで掴んできたものは少なくない。
でも、家庭のことは自分一人が頑張ってもどうにもならないこともある。
何か一人で空回りしていたのかもしれません。シャカリキに・・・
今ならそう気づくのですが、当時の私は気づかない。

そのうち、また私の賢い体は違う症状で訴えることにしたのです。
(怖い言い方ですが、大病でなかったのはありがたい)

>>>またまた続く


コロナ感染拡大により、毎日、不安を抱えながらも職務に当たってくださっているすべての皆様に、心からの敬意と感謝を申し上げます。

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