素敵な人が素敵な町を作る—kosococo.妹

私の大好きな町の一つ『イタリアの水の都・ヴェネツィア』がテレビ番組で特集されていました。
たとえ地図があったとしてもなんの役にもたたないくらい、
狭い道が迷路のようにいりくんでいて、
どう進むかは勘と標識だけが頼り。

道を挟む建物はどれも味わいがあり、カラフルで、
小さな運河にかかる小さな橋や、舟がヴェネツィアをもり立てる。

夕方には町全体を濃い霧が覆い、道案内さえも見えず、迷子になりますよね。ほんとに。
でもそんな中で偶然見つける温かな灯りをともす店に、ほっと安心したりして。

こんな濃い霧と迷路の町じゃ、閉鎖的なのかと思いきや、そこはイタリア。
皆とても人なつこい感じでフレンドリー。
私は、そんなヴェネツィアが大好きで、仮面祭の時期と大晦日に2回いきました。

その番組では、ヴェネツィアの日常をやっていて、
ヴェネツィアの町は、本当に路地が狭いため、車が通れません。
だからゴミの収集は、一隻の船を運河に浮かべて、
地区を担当した収集の人たちが、リアカーみたいなものにゴミを乗せるだけ乗せて、
船の所に戻ってきて、中身を船に積んで、リアカーを空にしては、
またゴミを集めに行く、というのを繰り返すそう。
明らかに大変そう。

「面倒ですね」ってリポーターが声をかけたら、
ゴミ収集の人は屈託のない笑顔でこう言いました。
「面倒なんかじゃない。こうやって歩いてゴミを集めることで、町の人たちと何気ない会話ができる。車で集めたら、そんな事できないだろ?」
…テレビの前で、意表をつかれた。
「だろ?俺達、大変なんだぜ」そういう返答が返ってくると予測していたので。
そして、その答えをすごく素敵だな~と思った。
素敵な働き方だし、素敵な考え方だなと。
きっと、この人は何においてもこういう考え方のできる人なんだろうな~と。
「面倒だ」と言ってしまえば、それまでだ。

ヴェネツィアには、そういう面倒に見える事がたくさんある。
しかし地元の人は、その面倒を含めてヴェネツィアが好きなんだと誇らしげに言う。
お年寄りも若者もだ。
ここに住みたいから、私は家業を継いで靴職人になるという女の子も、とても魅力的に見えた。
利便性が重視されるがあまりコミュニケーションが減ったり、
情報に流されやすい現代にも、
こうして時代に流されず、
自分達らしさを大切にする町があるんだな~と思い、何かすごくいいなと思った。
そこに住む人達が、その町らしさを作る。
つくづく「町=人」なのだなと。
旅をしてて、その町を好きになるかどうかは、その時接した人が重要だったりしますものね。

その番組の最後、
雪が降る広場で、
誰に聴かせるわけでもなく、でっかい声でカンツォーネみたいなものを歌いながら雪だるまを作るおっちゃんが映った。
「でっかい声で歌うおっちゃん」というのも日本人にとってはすごいけど、
更に雪だるまを一人でせっせと作っている。
か、かわいい…かわいすぎる!

そういえば、イタリア旅行中、
よくでっかい声で歌ってるイタリアのおっちゃんをみかけたな~。
「なんであんなでっかい声で歌ってるのだろう?」と、日本人の私は不思議に思うのだけど、
道を通る人達は全然そのおっちゃんを見ないから、別にそんな事日常なんだな~と思い、
歌うのに理由なんかないか、と思わされながら、そのおっちゃんを見ながら笑ってしまう。
そんな日本人旅行客が自分のことを見てるのに気付くと、おっちゃんは更にでっかい声で歌う。
イタリアのおっちゃんはなんだかかわいい。

あ~、またイタリア行きたくなった~。

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